釧路地方裁判所 昭和31年(ヨ)17号 決定 1956年3月22日
申請人 太平洋炭鉱株式会社
被申請人 日本炭鉱労働組合支部太平洋炭鉱労働組合
主文
一、別紙目録記載の物件に対する申請人並びに被申請人の占有を解きこれを申請人の委任する釧路地方裁判所執行吏の保管に移す。
二、被申請人は被申請人に所属する組合員をして前記各地域内及び建造物に立入らしめてはならない。但し次項に掲げる者を除く。
三、執行吏は右物件を申請人の指定する保安要員及びその他の者をして使用せしめ又は立入らしめなければならない。
四、被申請人は申請人会社の保安に従事する者が保安のための準備作業、入坑、保安作業をすることを妨害してはならない。
五、右執行吏は本件仮処分執行のため立札掲示板の設置その他適当な方法を執ることができる。
(注、無保証)
(裁判官 羽生田利朝 有重保 大関隆夫)
(別紙省略)
【参考資料】
仮処分命令申請
申請人 太平洋炭礦株式会社
被申請人 日本炭礦労働組合支部太平洋炭鉱労働組合
申請の趣旨
一、別紙図面表示の(一)地域内(和洋裁学院西南角を基点として南六十七度東二十二米の点よりイ、ロ、ハ、ニ、を朱線で結ぶ地域内)(二)地域内(圧縮室北西角を基点として北六十度東五十二米の点よりイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、ル、ヲ、ワ、カ、ヨ、タ、レ、ソ、ツ、を朱線で結ぶ地域内)(三)地域内(待合室西南角を基点として南三十八度東十五米の点よりイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、ル、ヲ、ワ、カ、ヨ、タ、レ、ソ、ツ、ネ、ナを朱線で結ぶ地域内)(四)地域内(坑務所西角を基点として北八度西五十米の点よりイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、ル、ヲ、ワ、カ、ヨ、タ、レ、ソ、ツ、ネ、ナ、ラ、ム、ウ、ヰ、ノを朱線で結ぶ地域内)(五)地域内(扇風機北角を基点として南七十九度東十五米の点よりイ、ロ、ハ、ニを朱線で結ぶ地域内)(六)地域内(見張南東角を基点として北十度東十二米の点よりイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、を朱線で結ぶ地域内)(七)(三百馬力巻座南角を基点として南十五度東百三十九米の点よりイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、ル、ヲ、ワ、カ、ヨ、タ、レ、ソ、を朱線で結ぶ地域内)(八)地域内(三百馬力巻座北西角を基点として北六十度東三十八米の点よりイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、ル、ヲ、ワ、カ、ヨ、を朱線で結ぶ地域内)の土地、建物、坑口(坑内を含む)等の物件に対する申請人並びに被申請人の占有を解き、これを申請人が委任する釧路地方裁判所々属の執行吏の保管に移す。
二、被申請人は被申請人に所属する組合員をして前記各地域内及び建造物に立入らしめてはならない。
但し申請の趣旨第四項の場合の組合員を除く。
三、右執行吏は、右区域内の土地、建物、坑口(坑内を含む)等の物件を申請人及び申請人が指定する従業員その他の者をして使用せしめ又は立入らしめなければならない。
四、被申請人は、申請人が指定する従業員その他の者が右各区域内に立入ることを妨害してはならない。
五、右執行吏は、右物件がその保管に係ること及びこの仮処分の内容を公示するため、立札、掲示板の設置その他適当な方法をとらなければならない。
六、被申請人は、被申請人が所属する日本炭礦労働組合が被申請人に対し発した昭和三十一年二月二十七日附指令のうち、保安要員の引上げに関する部分については、従つてはならない。また、組合員をして右指令中のその部分に従わしめるような措置をしてはならないとの御命令を求める。
申請の理由
一、申請人は東京都に本店を有し、石炭の採掘並びに販売事業、採石事業その他附帯事業を行う株式会社であり、釧路鉱業所はその事業所として釧路市に所在し、日産約二、五〇〇屯の石炭を生産する炭礦で、昭和三十一年三月十二日現在職員三五五名、鉱員三、四六九名を擁する事業所である。
二、被申請人組合(以下組合という)は、釧路鉱業所々属鉱員職員を以て構成し、企業別連合組織としての太平洋炭礦労働組合連合会、石炭産業労働者の全国組織としての日本炭礦労働組合(以下炭労という)に夫々下部組織として加入している。
三、申請人と組合との間の賃金協定は、昭和三十年四月八日付の申請人と炭労との間の協定に基き、鉱員賃金については昭和三十年六月一日を以てまた職員給与については、昭和三十年五月二十日を以て夫々調印実施されていたが、昭和三十年十二月三十一日を以て右協定はいずれも期間満了し、目下新協定につき申請人と炭労との間において交渉中である。
(以下「交渉経過」は略)
四、右交渉に於て申請人は炭労に対し、申請人及び石炭鉱業の現状を説明して炭労の要求するが如き賃上げを容認することは、経営上のみならず社会的にも不可能であることを屡々説明した。
申請人の昭和二十九年上期、同下期及び三十年上期における経理状況は左の通りである。
期別
使用総資本純利益率
配当率
借入金比率
純利益(A)
使用総資本(B)
A/B
借入金(C)
自己資本(D)
C/D
二九年上期
一四、七三三、九三一
三、八九五、二〇三、九一三
三、七八
年一割二分
一、〇七七、三三七、五七六
二、二四八、五八五、七九四
四七、九一
二九年下期
一三、〇六九、五二三
三、八九二、九九一、五二四
三、三六
同
九九五、五二八、〇一九
二、三〇七、四九一、五六八
四三、一七
三〇年上期
二一、〇一三、九六七
四、〇三八、四八四、一九二
五、二〇
同
一、〇五四、二四五、一九七
二、三三三、二三六、三八三
四五、一八>
(註)右自己資本には退職手当引当金を含む。
五、右争議に当り、炭労は日本労働組合総評議会(以下総評という)の指導する春季賃上げ闘争ゼネストの最も主要な支柱であることを自ら誇称し、前記の如く申請人が屡次に亘つてその要求が経営の実態を無視した過大不当のものであることを説明しているにも拘わらず、毫も考慮検討する態度を示さず、遂に三月八日付を以て「無期限原炭搬出拒否部分スト」を通告し来つたのである。
右は炭労が資本主義経済体制下の企業経営の本質を敢て無視蹂躙し、争議行為の法制的、社会的正当性を裏付ける経済闘争の原則の埓外に出で、以て総評の全国ストの柱石としての使命を忠実に履行し、所謂闘争の為の闘争を継続する意思のあることを示すものと言わざるを得ない。
ここに於て争議の長期化を回避することは現実において著しく困難視せらるるに至つた。
六、更に炭労の択ぶところの前記「無期限原炭搬出拒否部分スト」は争議行為における労使対等の原則に著しく背反する。
即ち、このストは当釧路鉱業所に於ては過去の実例によれば全従業員四、一五七名中、僅か五名が作業を拒否することによつて全生産機能は停止し、全面ストと同様の打撃を会社に与えながら、然も他の大部分の者の賃金は通常どおり要求することをねらいとするストライキである。
七、かかる不当不公平な組合側の争議手段に対抗して労使の対等的立場を回復維持するため労働法上申請人に許された争議手段はまさに作業場閉鎖であり、かつこれ以外に有効なる措置は現在あり得ないので、これによつて経営は一時的に停止し若しくは減縮し、申請人としては甚大な損失を蒙むるのであるが、三月十四日付を以て組合に対し、申請人は遺憾ながら作業所閉鎖を以てこれに対抗する旨を通告した。
八、然るに炭労は既に二月二十七日の中央闘争委員会において会社がロックアウト(作業場閉鎖)を行う場合にも、その意思表示(掲示、通告、申入)を排して全員平常通り就業し「無期限原炭搬出拒否部分スト」を断行することを決すると共に二月二十七日付炭労中闘発<賃>第二十九号を以て指令し、下部組合員に対して屡々機関紙、ビラ等を以て教宣活動を行つている。
また、従来の例に徴しても、交渉権、指令権、妥結権の委譲を受けて成立した炭労の下部組織及び組合員に対する統制機能は極めて強大であり、諸般の事情より炭労中央闘争委員長の指令に基き発する組合闘争委員長の指令により組合員が申請人の意に反して不法に事業所に立入り、これを占拠し、申請人の事業管理権を全く排除しその結果、違法な生産管理と同一の事態が生ずるであろうことは極めて明らかである。
右はそれ自体申請人の権利に対する忍び難い侵害であるのみならず、炭礦の管理は一般工場に比し、著しく複雑であり、無秩序なる管理は人命上の事故並びに後に回復し難い著しい損害を招来するおそれが多分にある。即ち
(1) 強行入坑は暴行、傷害及び器物毀棄等を惹起するおそれがある。
炭労は実力行動に訴えて強行入坑を敢行させようとしているが、かかるむきだしの実力闘争は多数をたのみとし、興奮し切つた大衆の群衆心理と相俟ち、勢いの赴くところ必然的に少数の会社側要員に対する暴行、傷害等の事犯を惹起し、その生命身体に著るしい危険を生ぜしめる人的損害発生の公算が極めて顕著であり、ひいては器物毀棄等の物的損害を生ぜしめるおそれがある。
(2) 過去における炭礦災害の実例は、炭礦保安の困難性と重大性を示している。
近時随所に発生した炭礦の大災害は、いずれも通常時において鉱業権者及び保安管理者の綿密なる指揮命令と、従業員の万全の注意にもかかわらず発生し、幾多の尊い死傷者を出しており、まして争議時保安管理者の指揮命令下にない組合の強行入坑、強行就労は最も危険性があり、安全性は期せられない。
(3) 強行就労の場合は保安管理者の指揮命令が遮断され、そのため坑内は危険に陥る。
保安管理者は自ら現場を巡回すると共に日々当該係員の報告を聴取して技術的及び綜合的に判断を下し、適切な措置を指揮命令して坑内保安を確保しているのが正常の姿である。従て保安管理者の指揮命令に従わない状況下におかれた場合は、その瞬間から綜合的判断による適切な措置をとることが出来なくなり、そのために保安上の不備が生じて坑内は危険の状況下に陥るものである。
(4) 携帯用電気安全灯の無断使用はまことに危険である。
鉱業権者の選任した安全灯係員は、保安管理者の指揮を受けて電気安全灯および可燃性ガス検定器の検査、整備および受渡しに関する事項を分掌することが法規上義務づけられているのである。
強行就労のため保安管理者の指揮下を離れた無秩序状態の下においては、部品の取替、修理が不充分となり、点検整備も不完全となり、従つて不完備のままこれを坑内に携帯し使用する結果となる。
これは明らかに保安法違反となるばかりでなく、炭礦の如き「メタンガス」のある坑内においてはまことに危険であつて、このため爆発の惨事を惹起する懼れが多いことは過去の実例からも予測できる事柄である。
(5) 火薬類の不法持出し及び無断使用は危険である。
坑内作業の遂行上火薬を無断にて不法持出しを行い、発破作業を強行することは明かに火薬類の盜用であつて、重大なる違法であるばかりでなく、他に流用のおそれがあつて危険である。
また作業所閉鎖の場合、発破作業を強行するときは管理者の指示が行われず、発破作業はガス爆発その他重大な災害を惹起することは多くの実例がこれを証明している。
(6) 無管理下の坑内電気は危険である。
強行就労の場合には人心動搖し、混乱し、無秩序となるので、意識的或はいたずら半分に送電系統中の一部または部品に手を触れ勝ちとなり、保安管理者の指揮下を離れている為、措置をあやまり、大事を惹き起す原因となる。
九、更に炭労は二月二十七日付炭労中闘発<賃>第二十九号を以て組合闘争委員長に対し「立入禁止の仮処分が出された場合は、全員就業せず保安要員の差出しも拒否せよ」と指令している。
かかる指令に基き保安要員の全面的不就労が実行されるならば、施設の荒廃破壊は勿論、ひいては国家経済並びに国民生活に及ぼす惨禍測り知れざるものあり、また人命にも危険が生ずることが当然予想せられるものである。即ち
(1) 排水作業が不可能となるので坑内が水沒するおそれがある。
坑内湧水は常時ポンプ運転により排水処理されているが、保安要員の引揚げにより排水機器の機能が停止した場合には運転停止許容時間(最小四時間乃至二十四時間)を超過してより、各坑水沒を開始し、再び復旧不可能な状態に陥入れる危険を生む。
(2) 通風作業が不可能となるので、一切の機器は停止しそのために可燃性ガス、有害ガスの停滞となり、坑内爆発災害を誘発するおそれがある。
各坑の主要扇風機が停止したる場合は、坑内の一切の機器は停止し、たちまち可燃性ガス並に有害ガスが停滞し、不慮の火源を以て点火すればガス爆発災害の惹起は必然であり、且つ之が炭塵爆発を誘発するときは、全坑壊滅状態に陥るのである。
(3) 自然発火による坑内火災、爆発の災害を誘発するおそれがある。
自然発火は採掘跡、坑道又は炭塵等における石炭が通気中の酸素により酸化せられ、自然に温度が上昇し、遂に発煙、発火するに至るもので、保安要員引上げの場合は之を未然に防止する事が出来ず、其の結果将来作業継続不可能となり、莫大なる資源を衷失することとなり、条件によつては爆発の惨事をも惹起するのである。
(4) 落盤、盤膨等坑内地圧に対する適切な支保作業が行われないので施設の破壊並に海水侵入等の危険をも生ずるおそれがある。
斯様にして、あえて労働関係調整法第三十六条電気事業及び石炭鉱業における争議行為の方法の規制に関する法律第三条をまつまでもなく、かかる争議行為の違法なることは明かである。
十、依つて申請人は組合に対し所有権、鉱業権、営業権乃至占有権に基き妨害排除並びに予防若しくは損害賠償請求権に基く本案訴訟を提起すべく準備中であるが、右訴訟の判決に至るまで、現状のまま放置するにおいては事業所全施設は被申請人組合に不法に占拠せられ、後日申請人においては勝訴の判決を得ても回復することの出来ない損害を蒙る虞れがあるので、本申請に及んだ次第である。
疏明方法
一、要求書(疏第一号証)
二、部分スト通告書(同二号証)
三、作業所閉鎖通告書(同三号証)
(以下省略)
昭和三十一年三月十四日
右申請人代理人 弁護士 泉功
釧路地方裁判所御中
疏第二号証
通告書
昭和三十一年一月以降鉱員賃金並に職員給与に関して、三月五日付申入書をもつて当方の態度表明を致しておりましたが、本日附貴方の回答は全く当方の誠意を無視したものであり諒解できません。当方はもとより事を好むものではありませんが、かかる貴方の態度に対してはもはや平和裡に事態を解決することは困難であると判断し左記により実力行使をもつて当方の決意を訴え貴方の猛省を促し、事態の解決をはかりますので
右通告致します。
尚、今次ストによる一切の責任は貴方にあることを申添えます。
記
一、当方加盟傘下全支部は次の通り実力行使を決行します。
1 三月九日より十七日まで一斉一時間休憩の実施
2 三月十五日より十七日まで拘束八時間とし時間外労働の拒否
二、次の規模により当方傘下全支部は実力行使を決行します。
但し、坑口を有する該当支部以外の支部は除く。
1 スト規模
坑内より石炭を出す作業の拒否
2 期日
三月十九日一番方より要求貫徹まで無期限
一九五六年三月八日
日本炭鉱労働組合中央執行委員長 阿部竹松
太平洋炭礦株式会社社長 小林徳四郎殿
疏第三号証
昭和三十一年三月十四日
太平洋炭礦株式会社釧路鉱業所 所長 塩谷松夫
日本炭鉱労働組合支部太平洋炭礦労働組合
執行委員長 岡田利春殿
通告書
昭和三十一年三月十四日付をもつて社長より日本炭鉱労働組合執行委員長宛通告した通り、当方としては、無期限原炭搬出拒否ストライキの如き不公正なストライキによつて経営の基盤たる石炭の生産を麻痺されることは到底忍び難く、依而三月十九日一番方開始時刻より炭労及び当社間の賃金に関する争議解決に至るまでの間、争議行為として左記の措置を実施いたしますので此の段通告いたします。
記
一、左に掲げる保安要員及び業務要員を除き貴方所属組合員全員の労務の受領を拒否いたします。
1 保安要員――鉱山保安法等諸法規に基き保安の業務を行う者並びにこれに準ずる者
2 業務要員――左に掲げる施設並びに従事する者
春採病院(含衞生管理係)、桜ケ岡診療所、川湯保養所、各売店、図書館、春採会館、厚生会館、桜ケ岡会館、益浦会館、第三集会所、倶楽部、和洋裁学院、弓道場、礼拜堂、各浴場、寮、合宿、各相談所、各職場消防、救護隊。
二、保安要員及び業務要員の員数その他については貴方と協議いたしたく、別途団体交渉を申入れます。
三、前記期間保安要員および業務要員を除き貴方所属組合員全員に対し、左に掲げる場所、施設を除き会社管理に係る一切の土地建物その他の施設内に立入ることを禁止いたします。
1 社宅、寮、合宿、アパートおよび各相談所
2 組合事務所
3 前記一、2に掲げる業務要員の就業する施設
4 前各号に掲げる施設に至る通常の道路
なお、保安要員および業務要員であつても業務上の必要がある場所、施設以外に立入ることを禁止いたします。
四、保安要員および業務要員以外の者に対しては前記期間中一切の賃金を支払いません。
なお、保安要員その他前記期間中において会社業務を行う者に対し、貴方がその就業を妨害することがないよう申し添えます。